2006年01月12日
2084年ウルル問題

シドニーのオペラハウス、コアラとともに、オーストラリアの旅行パンフレットの表紙を飾る、オーストラリアの象徴的な場所。
ここは多くの人が「エアーズロック」という名で親しんでいるこの場所です。
しかし、現在では「ウルル」と呼ぶのが正式とされています。
なぜ呼称が変わったのでしょう?
このウルルは、オーストラリアの先住民アボリジニの聖地として知られています。
1958年、アボリジニの保護区であったこの場所を、政府が国立公園として制定し、観光地化に乗り出しました。しかし、土地所有権の法廷闘争により、1985年、エアーズロックとエアーズロック-マウントオルガ国立公園の所有権はアボリジニのアナング部族に返還されたのです。
それにより、呼称もアボリジニの間で呼ばれていたものへと変わりました。
エアーズロックはアボリジニの言葉で「日陰の場所」という「ウルル」へ。
マウントオルガは「たくさんの頭」という意味の「カタジュタ」へ。
よって、世界遺産でもあるエアーズロック-マウントオルガ国立公園は、ウルル-カタジュタ国立公園となったのです。
(インドのボンベイが「ムンバイ」に変わったりしたのと同じということですね。)
返還されるまで、このウルルへの登頂が観光の目玉となっていました。
▼ウルル登頂口


しかし聖地に登ることは、アボリジニにとって好ましいことではありません。
現在では、観光および登頂など、立ち入りが制限されています。
登頂口にはこのような看板が見られます。

―――はっきりと「登ってはいけません」とあります。

何とかして登頂をやめてもらいたいという思いがひしひしと伝わってきます。
現在では、アボリジニの主張を尊重して、登頂でなく、麓を散策するツアーが催行されています。
▼麓散策ツアー

頂上から見える景色はきっとすばらしいでしょう。
でも、ウルルの魅力は「聖地である」ということ。
また、朝焼け、夕焼けなど、太陽の光にてらされて変化する、その姿だと思うのです。
アナング族に返還されたウルルですが、現在、アナング族はオーストラリア政府に対し、土地を一時的に貸しています。
土地使用権利代として公園入場料25%と、年間使用料A$150,000を引き換えに。
レンタル期限は2084年まで99年間。
その後、ウルルはどうなるのか。
これを見ている人で、そのときを見られる人は何人いるのでしょうか。
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この記事へのコメント
1. Posted by メロン孫 2006年01月12日 18:13
2. Posted by 旅の情報部員 2006年01月12日 20:10
いやぁ、あの「ウルル○」と、この「ウルル」は、全くもって関連性がないと思うのですが…。
あまり人に教えないほうがいいかと…。
そんなことより、本を読みなさい。
あまり人に教えないほうがいいかと…。
そんなことより、本を読みなさい。
3. Posted by 千葉遼太郎 2006年01月13日 09:25
聖地という概念は人間の最も古くからある犯さざるべき処であり宗教的にも神聖なる土地に神が宿るとされており、日本人に置き換えるとそれは鎮守の森でありました。
観光資源といば聞こえはいいかもしれぬが、そもそも古来の観光はその聖地なりを拝しに行くことであった。命がけでそこに灯されている光を観にいったのであります。以上余談ではあります。
観光資源といば聞こえはいいかもしれぬが、そもそも古来の観光はその聖地なりを拝しに行くことであった。命がけでそこに灯されている光を観にいったのであります。以上余談ではあります。
4. Posted by 超雲子龍 2006年01月13日 13:47
ひとつ思ったのだが、オーストラリアってもともと「オーストラリア人」の土地だったところなんてないわけで、返還し始めたら全部レンタルになったりしないか心配な今日この頃です。
5. Posted by 旅の情報部員 2006年01月13日 19:47
光を観にいくから「観光」。いい言葉ですね。
それと、そもそもオーストラリア人とは何なんでしょう。
アイデンティティが見つけにくい国ではあると思います。
それと、そもそもオーストラリア人とは何なんでしょう。
アイデンティティが見つけにくい国ではあると思います。
6. Posted by casino games 2006年11月29日 06:45
7. Posted by jeux de casino 2007年01月02日 20:35




